2011年11月26日土曜日

立体音響(サラウンド)再生へのこだわり

映画の立体音響を意識し始めたきっかけとなる作品は『ザッツ・エンタテインメント(74)』でした。旧いミュージカル映画の集大成というべきもので、オリジナルにステレオ音声を期待できるのはMGM黄金期の後期、シネマスコープをはじめとするワイドスクリーン導入以降の作品群のみでした。にもかかわらず、劇場公開版は<70㎜ 6チャンネル超ステレオ音響>を謳っていました。当然旧い作品の音響には意図的な加工がされていた訳であります。

『Harvery Girls(46)』では駅へ入線してくる列車に乗ったコーラス・ガールが画面を左から右へ移動するにつれて音像も移動するという初歩的なパンポット効果を追加していました。
『Small Town Girl(53)』のアン・ミラーが踊る場面でドラムに取り囲まれるシーンがあるのですが、劇場のサラウンドスピーカーからドラムの音が発せられて観客を取り囲むような効果が加えられていました。こんな単純な効果ですが幼い自分は感銘を受けたのです。


次に出会った作品は『トミー(75)』です。ロック・グループ「ザ・フー」が発表したアルバムを元にした作品ということでした。ロックなんか碌に聴かなかった自分が劇場に引きつけられたのはひとえには、<衝撃のサウンド・システム QSクインタフォニック方式>という活字で、友だちに付き添ってもらって有楽町の日比谷スカラ座に観に(聴きに?)行きました。
自分に記憶が正しければなのですが、劇場の内部は通常と違っていて、客席のスペースを割いてスチールパイプを組んで特設のスピーカーを設置してありました。でもってものすごい音量で再生していました。
スカラ座は東京宝塚劇場と同じ建物にあってそこでは当時大ヒットの「ベルサイユのばら」を上演していました。その上にある映画館でロック・コンサートのような大音響を鳴らしていれば多少下の階の劇場にも影響があったのでしょう。宝塚側からのクレームで音量が抑えられたとか、劇場の楽屋(?)の壁の一部がはがれたとか(信憑性?%)、いろんな噂が入ってきました。自分は初日に行ったので大音響で鑑賞しましたが。

パンフレットには
QSクインタフォニック方式の解説が
<QSクインタフォニック方式>とは、日本の音響メーカー山水電気が開発した4チャンネルオーディオ再生技術です。2チャンネル音声信号から4チャンネル音声信号を創成するマトリックス再生理論を応用した方式の一つです。
♪序曲の駅の別れの場面では蒸気機関車の牽引する列車がスクリーンから劇場後方へ遠ざかっていきました。
♪1951年/ホワット・アバウト・ザ・ボーイでは振り上げられた電気スタンドが振り下ろされるカットでパーカッション音が劇場中を駆け巡りました。
♪クリスマスでは幼いトミーの周りを巡る子供たちの持った楽器(ホーン、ドラム)の音が観客の周りをまわりました。

DVD版は5.1ch音声を収録していますが、残念ながらQSクインタフォニック方式の音声ではないようです(映画番長こと堀切日出晴氏による)。DVDの音声解説でもほんの少しこのことに触れていますが、監督からはあっさりスルーされてしまっています。LD版にはエンド・タイトルに堂々と一枚パネルでQSクインタフォニック方式のロゴがあったのですが、DVD版ではそれもなくなってしましました。こだわりを持つ自分にとってはとても残念です。

またこの作品で初めてドルビー・マークをエンドタイトルに見つけました。まだ映画のドルビー・ステレオ方式は認知されていない頃で、ドルビーといえばオーディオ・カセットのノイズ・リダクション(雑音低減)方式として広く知られている時代でした。ちなみにこの「トミー」はドルビー・ステレオの歴史では最初にドルビー・ステレオ方式を採用した作品とされているようです。


次は『サスペリア(77)』 <決して、ひとりでは見ないでください…>という卓越したコピーでヒットしたホラー映画です。本来ホラーは苦手なのに今度は<CD-4を開発した日本ビクターが誇る音響立体移動装置 サーカム・サウンド>という惹句に釣られたのでした。今度は日本ビクターです。

CD-4、またちょっとここで脱線。70年代半ば、オーディオ市場では4チャンネル・ステレオブームでメーカー各社は独自の方式(といっても基本はマトリックス再生理論)を自社の製品に導入していました。友人の家庭にもお父さんが買ったという4チャンネルステレオが置かれていました。
老舗の音響メーカーの日本ビクターは4チャンネルのセパレーションの向上を目指して独自のCD-4方式を発表しました。当時メインとなる再生メディアはアナログレコードでした。そのメディアへの記録方式、レコードを再生するカートリッジ、レコード針、信号を4チャンネル信号に復元するデコーダーまでと、一貫した規格を打ち立てアナログでの4チャンネル・ディスクリート再生を可能にした技術でした。
自分はこのCD-4なる音響を体験していないのですが、友人によるとすごいということでした。ビクターレコードに所属していた冨田勲のアルバムもCD-4盤が発売されていました。
日本ビクターという会社は面白い(失礼!)会社で、ほかにも変わった音響システムを発表していました。これは機会がありましたら別なところで。

パンフレットのサーカム・サウンドの解説
『サスペリア』です。怖い、気持ち悪いが先に立って<サーカム・サウンド>の印象はただ騒々しいなぁというものにとどまって、音像移動がどうしたこうしたという記憶は残りませんでした。後年オリジナル音声はモノーラル(現DVDは5.1ch音声にリミックスされているようです)だということを知り、ではあの音響方式はなんだったんだということになり、暗澹たる思いになりました。
余談ではありますが、傑作コピー<決して、ひとりでは見ないでください…>、劇場はほぼ満員の観客でいっぱいだったので<ひとり>で見ることは不可能だと、ひねくれた少年は思ったものでした。そして今、自室にひとり座して『サスペリア』を観ているのでした。



シネラマ テアトル東京
の文字が誇らしげ
そして『未知との遭遇(77)』です。今はなくなってしまったシネラマ劇場のテアトル東京で観ました。シネラマ大画面の迫力はたぶん圧倒的だったと思うのですが、今記憶に残っているのは当時ようやく認知度を上げつつあった<ドルビー・ステレオ>音響です。
DVDでのチャプター[軍隊から逃れて:Evading the Army]でデビルズ・タワーに逃げ込んだ主人公たちを捜索するヘリコプターが上空を旋回するシーンで、ヘリコプターのラウドスピーカーから発せられる警告の音声が観客の頭上から降り注いできたのです。
LD、DVDとメディアが進化する度、また新しいエディションがリリースされる度買ってしまうのは、このシーンのサラウンド音場を自室で再現したいがためという悲しい習性のためなのです。LDのクライテリオン版(ドルビー・ステレオ)でかなり近いところまでたどり着いたと思ったのですが、その後のドルビー・デジタル、DTS版ともディスクリート、5.1ch音声にもかかわらず、満足するところに至っていないのが残念です。



『世界が燃えつきる日(77)』 前回この作品にはふれました。


『ベン・ハー(59)』 この作品も何度目かのリバイバル上映を新宿ミラノ座で観ました。テアトル東京のシネラマスクリーンで観たかった作品でしたが、その時の上映映画館は新宿ミラノ座、渋谷パンテオン、松竹セントラルの三館だったのでスクリーンが一番大きいというミラノ座を選択しました。

この時強く残った記憶も大画面の迫力を押しのけて、頭上で炸裂した音響でした。
物語も終盤、手に汗握る戦車競争も終わり、サブ・ストーリー(こちらが本筋だという話もありますが)のイエス・キリストの磔の刑執行から続く奇蹟に至る場面でとどろく〈雷鳴〉です。
自分が今映画館に座って『ベン・ハー』という作品を観ているにもかかわらず、あろうことにその時自分は「あっ、雷だ。雨降り出したら帰り道困るなぁ。」というお間抜けなことを心の中でつぶやいていたのでした。それほどリアルに〈雷鳴〉が劇場に鳴り響いたのでした。そしてこの作品も自分の中では『未知との遭遇』と同じ運命をたどるようになりました。



最後に『ファンタジア(40)』 文献で知るのみの大昔に立体音場再生を構築した伝説的作品。運良くリバイバル上映時に映画館で鑑賞できました。劇場は日比谷みゆき座だったと記憶します。
オリジナルの<ファンタサウンド>再現は無理と承知していました。そのリバイバル上映は4チャンネルの<ファンタフォニック>と名乗っていました。
♪トッカータとフーガ・ニ短調 表現も抽象的な手法だったので音響設計もかなり大胆で、音が劇場中を動き回ります。
♪魔法使いの弟子 ミッキー・マウス扮する魔法使いの弟子が引き起こした洪水の渦がぐるぐる回ります。



サラウンド再生と離れてしまいますが『ファンタジア』についてひとつ、ふたつ。
今や幻?
82年デジタル新録音版
この作品は公開当時はHi-Fi音声を謳っていましたが、半世紀後のHi-Fiの物差しからみればいささか物足りないとディズニー社の幹部が考えたのも当然です。そして82年にIrwin Kostal指揮によってデジタル新録音されたサウンドトラックで公開されています。がしかし、このバージョンは今や幻となるなら良し、下手をすると「なかったもの」とされそうな扱われようです。

LDは音声トラックを2chステレオで2系統収録できるので、かつて『ファンタジア』がLD化された際には、アナログ・トラックにストコフスキーのオリジナル版を、そしてデジタル・トラックにデジタル新録音版をと期待したのですが実現しませんでした。複数の音声トラックを収録できるDVDに至ってもこの動きは見えません。
おまけにDVD版のオリジナル音声(英語)のナレーションも、オリジナルのディームズ・テイラーの声がコーリー・バートンに吹き替えられています。この吹き替え、オリジナルを尊重するハリウッドのあってちょっと腑に落ちません。



こんな訳で劇場で体験した音響の臨場感を自室で再現したいという妄想にとりつかれて今に至っている訳です。そもそも鑑賞空間のエア・ボリウムというものが桁違いに違っているので一筋縄ではいかないのであります。そこでお世話になるのがデジタルの力で、DSP(デジタル・サウンド・プロセッサー)でホール残響を付加してみたり、プロセッサーの新製品に飛びついてみたり、あとは地味にスピーカーのセッティングをいじってみたりと、それは楽しい日々でした。
DVDになって音声も5.1chディスクリートとなるとあまり手を加えることができなくてちょっと物足りない感じです。さらにものぐさになって、最近の作品は音声ドンパチの大仕掛けのもの以外はマトリックス再生でもいいかなとも思うようになってきました。
でもここに挙げたような作品群は未だにどうにかしてやろうと、密かに闘志を燃やしているのです。そして新しいバージョン(エディション)がリリースされるたびに買い求める羽目になるんでしょうね。さて満足のいく再生ができる日が来るのでしょうか。